
まだ私が占いや開運について勉強する前のことです。
母の知人でで若くしてご主人が後遺症が残る病におそわれ、奥様が仕事をしながら介護されていた方がいらっしゃいました。
その方の話を聞くたびに私は「大変な人生だし不幸な人だな」と思っていました。
そして母に「〇〇さんって不幸だよね」と言ったのです。
それに対して母は「不運だけど不幸ではない、ご主人は確かに不自由なお体で奥さんも大変だけど、二人で子供の成長を見ることができた、お孫さんもできた、毎晩一緒に食事して会話して過ごすことができている」と。
私自身がまだ若く表面的な部分しか見ていなかった、浅はかだったと思った経験でした。
不運であってもその中で幸せを見出して不幸にならない人もいる
幸運であっても幸福を感じられない人もいる
運がいいかだけで人生をみることは難しいということなのでしょう。
☆当ページのリンクには広告が含まれています
ただそうはいっても明らかに不運な人生で自分が幸福だと感じることが難しいのは事実です。
良く自分の不運な部分を見るのではなく幸運な部分を見なさいと言われますが、不運が大きいときはこう言った言葉がきれいごとに思えてしまうくらい不運に心が取り囲まれてしまうものです。
非常に大きな体験をするとかどん底まで落ちれば心は大きく変わりますが、できればどん底なんか経験したくないものです。
そして悪いことが起きないだけで幸せなんだといわれても何か良いことが起きなければ幸福だとは感じにくいものです。
この良いことを起こすにはやはり何らかの動き、波動を動かす力が必要です
それが運を動かす開運法であるわけです。
どの開運法が効果があるかは人によって違いますが自分が長く続けられるものがあっているということだと思います。
魔法のように急激に良くなるものは反動も大きいので注意が必要。
運自体は自分で選べませんが開運のために動くかどうかは自分で選べるのです。
読んでいただいてありがとうございました